介護保険に負けた、「福祉」

福祉 には哲学が必要だ。

今日の仕事に結果を付ける。

覚書:::

 

毎日の忙しさの中で、

明日に残した仕事というのはとても気になり、ソレが毎日続くというフラストレーションは、以外にストレスとなって自分を消耗させる。

 

意識的に、今日の仕事で終えたことを確認してから、タイムカードを切る必要もあるだろう。

例えば、今日ご利用者や患者とコミュニケーションがうまく行かなかった、

自分の支援が相手に通じなかった、真意がわかってもらえなかった、

はたまた、ご利用者、患者とトラブってしまい明日どのように会話したら良いかわからない。

という、今日の仕事の結果、明日以降の出来事を左右させる、継続した関係性の仕事であるからこそ、

今日の仕事の終わり、というものを意識して置くことが有意義であったりする。

 

ご利用者や患者とトラブったとしても、落ち込みながらも、

ほぼ9割方はその関係は長く続かずに解消していく。只一点、こちらが諦めなければ。

だからこそ、今日のやり方の結果というものはソレそのものとして、終えたことなのだ。

プラスやマイナスなどは、経営上の数字の世界の話であって、

「私」と「クライエント」の関係性の上では、マイナスの交流が今日であるお陰で、

明日以降のプラスを導き出す事も多い、関係性の深まり。

 

今日の仕事を、ネガティブな感情で終えてもいい。

そう決めてしまう必要がある。

そしてそれは長く続かないと、信じる。

仮に、本当にうまく行かないまま別れが来てしまったとしたら、

その人は、背負うリュックの一つのポケットに入って貰う必要のある人、なのかもしれない。

でも、ただそれだけだ。

 

なぜなら、

相手のある限り自分がいくら努力しても、相手の期待に応え続けるということは無力であるから。

 

今日の結果は、自分にとって快いものでなかった。

でも、それでいい。

きちんと「快くなかった」という結果を出したのだから、それでいい。

 

明日が来る人というのは、きちんと今日行動し結果を確認した人たちだ。

何も行動しない、自覚のできない人には、明日は来ない。

朝日を浴びているくせに、昨日の連続であるかのように、暗い顔をする。