恋文~変身~
真夜中に、誰かに呼ばれたような気がして、目が覚めた。
カーテンをめくると外は真っ暗で、自分がひとりでいる事を思い出した。
いつからだろう。
起きて一番最初に、君を思い出す事が始まったのは。
僕の消えかけた人生に、君が希望を持っていいんだよ、と言ってくれた。
昔っから、そうなるべきだってことは知っていたさ。
でも、勇気がなかったんだよね。
自分の人生を、暗いものにしておいて、
固く幸せにふたを閉めてしまっていた方が、楽だったから。
前を向いて生きていく強さって、
自分の為にでは、生き始められない。
誰かのために、そして誰かに頼って、僕は初めて勇気が持てたんだ。
もう一度、自分の人生を創ろう、って。
幸せになるのに、勇気が必要だなんて、人は笑うのかもしれない。
人が幸せを求める事は、自然にできるものだと決まっているのかもしれない。
けれど、
余りにまぶしい夢をみた後には、暗い洞窟のような場所が居心地いい。
弱くなってしまった心では、明かりのともる方へは歩けないのかもしれなくて、
幸せを求める、その事よりも、過去を生きた自分ばかり、想ってた。
人生の儚さをうたう人しか人しか、信じられない自分がいた。
人は記憶だけで幸せになれる。
誰かがどこかで言っていた。
その言葉だけに、しがみ付いて、泣いていた。
泣けば少しは楽になれる、それだけを信じて。
僕を、さっきまでいた洞窟から救い出してくれた人は、
決して強い人ではないんだと思う。
どっちかと言うとね、
弱くて、もろそうで、甘えん坊で、放っておくと心配になってしまう。
そんな、子供のような人なんだ。
器用に、社会に対しては、上手に器用に、生きようとして、
結構さまになる時も、たまにかもしれないけれど、あるみたい。
だけれど、根っこが不器用なもので、随分遠回りして生きてきたような、人。
素敵な人なんだ。
僕にとっては、
その人は、一生懸命生きて、
自分を必死に守って、けれど認められないことの方が多くって、
きっとね、僕なんかよりもつらかったんだと思うんだ。
僕の心は、きしむくらいにその人を助けたがっている。
何もできないのかもしれないけれども、
静かに隣に座って、体を寄り添わせ、同じ時間を生きたいんだ。
神様のくれた奇跡を、大切に大事に、僕のものだけにしてしまいたい。
ひとつ。だけ。
その人は、そんな人生を不器用に生きてきても、
自分を生きる事に諦めてはいやしなかった。
諦める事が、過去との契りであると信じる事に慣れ切っていた僕には、
そんな彼女の姿は、圧倒的な強さに思えて。
怯えている僕は、何度も何度も確かめた。
恥ずかしかったけれど、その人の前では自分の全部を見せられた。
見せてしまっても、不思議と大丈夫な予感があった。
受け止めて欲しい気持ちよりも、僕のすべてをわかって欲しい、
そう願っていた。
その人は、小さな優しい声で言ってくれた。
「いいよ」
さっきまで隣で寝ていたように、
あの人を感じるのだけれど、当然姿が無くって。
がらんどうに思える胸を、自分でなでながら。
遠くに住む、その人を思って黒い空を見る。
星は、小さいころから見慣れた冬の星たち。
友達のように、つらい時に守ってくれていたように、
今も、まるで僕の為に、けなげに輝いている。
僕は、その星たちに話しかけている。
「もう、僕は新しい人生を歩いてもいいんだってさ。
信じられる人に出会えたんだ。
けれど、僕はその人のそばにはすぐに行ってあげられない。
どうか、星たち、その人のそばに行ってあげて。
そして、僕がその人のそばに行けるまで、見ていてあげて欲しい。
その為なら、僕はどうなってもいいよ。
壊れたって、幸せだから。笑って終えられる」
願う事しかできないけれど、
願う事ならばできるから。
会えないつらさを胸に収めて、星たちに願い続けた。
今、その人はどうしているんだろう。
そんなことを何百回と空に問い続けている。
答えは返ってこなくって、その人を求め続けている自分がいる。
僕は、もう一度生きたがっている。
その人とならば、
自分でも知らなかった自分を生きられる、そんな気がして。
僕だったら、その人を幸せにできる。
そんな思い上がりのような、確信と同時に。
孤独の意味は、自分とその人の距離を感じる事。
いつか、いつか、いつかと、何百回と唱えた言葉に、
本当にいつか、会えた時に、今の孤独の意味は生きる意味に変わっていく。
万感の思いを込めて、伝えたい。
あらゆる愛しさを、教えてくれたその人へ。